大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(う)528号 判決 1989年7月19日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇〇日を原判決の刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人尾崎陞、同清宮國義共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官佐野眞一作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一(審理不尽、採証法則違背、事実誤認の主張)について

所論は、要するに、(一)本件を含む一連の保険金殺人計画は、すべて、Gの構想に基づくものであって、被告人やその余の人々はGに踊らされた木偶にすぎなかったものであり、かつ、Gの原審第三回、第四回公判期日における供述は信用できるものではないから、Gの右供述を根拠に、Aとの三回目の渡航を被告人が主導的になしたものと認めた原判決の認定には誤りがあり、(二)原判決は、原判示第一の事実を認定するにつき、Gの原審公判廷における供述中、被告人の方からもう一度やりたいという申入れがあったので、Aを殺害するための詳細な作戦メモを作成して被告人と打ち合せをした、被告人とAが相互に相手方の保険金の受取人になってマニラ市に渡航した、帰国した被告人からAを殺害したことを聞いたなどという趣旨の供述を拠りどころにし、右供述がその大部分にわたって他の客観的証拠によって裏付けされているとしているが、A殺害と被告人とを結びつける客観的証拠と見られるものはほとんどなく、また、原判決は、H及びIのフィリピン共和国捜査官に対する各供述調書によって、被告人が昭和六一年二月一九日午前三時三〇分から同四時にかけてのころ自己の滞在していたホテルに帰ったことや、その際被告人の着衣が数か所泥で汚れ、両肩辺りの部分が濡れていたことなどを認定しているが、右両供述調書には内容的に矛盾があるうえ、両者の供述とも反対尋問にさらされていないのであるから、これらの供述調書を漫然と採用した原判決には、採証法則の違背があり、(三)「じゃぱゆきさん」募集のためにマニラへ渡航したものであるという被告人の弁解を排斥した原判決の判断説示には根拠がなく、したがって結局、原判決には審理不尽、採証法則違背の違法があり、ひいては事実誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が「犯行に至る経緯」及び「罪となるべき事実」として認定判示しているところ及び「事実認定に関する補足説明」の項の説示は、いずれもこれを正当なものとして是認でき、その他原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討しても、原判決には所論のような審理不尽、採証法則違背の違法並びに事実認定の誤りはない。以下、若干補足して説明する。

(一)  所論(一)について

原判決が、本件犯行自体については、昭和六一年二月初めころ被告人がGの自宅に電話をかけて、更にAを対象とする保険金目的の殺人を実行したい旨を話し、そのころ喫茶店「ルビー」等で頻繁にGに会うなどして渡航費等に充てる資金は被告人が調達するなどと申し入れたりして、右実行方を強く同人に促したと認定判示していることは、所論指摘のとおりであるが、原判決挙示の関係各証拠によれば、右認定判示は正当として肯認することができる。すなわち、関係各証拠によれば、被告人が取引関係で知り合った者から昭和六一年二月一〇日に二五〇万円を借り受け、そのうちから、Gに貸したという形をとったとはいえ、被告人とAとの渡航費用やAに渡す金などを被告人が負担したこと、その当時被告人は飲食店を営む妻に養って貰う形にはなっていたものの、定収入と言えるような収入もなく、他の女性との交際にも出費が嵩み、金銭的に極めて窮した状態にあったこと、本件において海外旅行傷害保険契約に加入する手続を実際に行ったのは被告人であること、更には、原判示第二認定のように保険会社に対し保険金支払いの請求を行った際、被告人とGとの間では保険金を受け取ったときは被告人が六、Gが四の割合で分ける約束となっていたこと、書面の下書きなどはGにして貰ったものの、保険会社に送る書類を実際に作ったり、送る手続をしたりしたのは被告人であることなどが認められる。そして、こうした状況、とりわけ、被告人が本件当時多額の保険金の入手できることを強く望む状況にあったこと、自ら金銭的に苦しい状況にあったのに、いわば投下資本にあたる渡航費用等の調達を被告人がしていること、また、Aの死亡後保険会社に対し積極的に保険金の支払いを請求し、支払いを受けたときの分配については被告人の方がGより多く貰うことにしていることなど、Gの原審公判廷における供述とを合わせ考えれば、この点に関し、Gの供述は信用できるものということができ、結局、これらの状況やGの供述に照らし、本件犯行について被告人がまず積極的に実行方を押し進めようとしたと認めた原判決の認定に誤りはないということができる。

(二)  所論(二)について

原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が原判示第一の事実において、被告人がA殺害の実行行為を行ったと認定判示するところ、及び「事実認定に関する補足説明」において被告人とA殺害との結びつきについて認定説示するところはいずれも正当であり、当審における事実取調べの結果によっても疑念を抱く余地はない。

この点に関し、関係各証拠によれば、Aが昭和六一年二月一七日午後二時半過ぎころマニラ市所在のブールバードマンション(ホテル)にチェックインしたこと、被告人が同日午後一〇時半ころ同市所在のベイビュープラザ(ホテル)にチェックインしたこと、Aが翌一八日に宿を変え、同日午後一時一五分ころマニラミッドタウンホテルにチェックインしたこと、同日午後九時半ころ被告人がAの宿泊しているマニラミッドタウンホテルの一九二二号室を訪れていること、被告人がその翌日である同月一九日午前三時半ないし四時ころにベイビュープラザに外出した様子を見せて立ち帰って来たこと、その際被告人は急ぎ慌てた様子を見せ、また、その着用する着衣の両肩や背中の部分が濡れ、数か所にさびの色のような汚れがついていたこと、同日午前六時半ころAの死体がマニラ市ロハス大通りのマニラ湾岸壁近くの海中で発見されたこと、その死体には頭頂部右側の頭蓋骨に直径二・四ないし四・二センチメートル内外の円形の陥凹骨折が存在し、その死因は外傷性頭蓋内損傷であって、死亡推定時刻は同日午前六時ないしその二、三時間前以内であると考えられること、なお、Gが右二月一八日午前八時四五分ころ及び午後〇時五五分ころの二回同人方からベイビュープラザに電話して被告人と話をし、また、同日午前九時一五分ころ同人方からブールバードマンションに電話してAと話をしていることなどが客観的状況として認められる。そして、こうした客観的状況に加え、被告人も、捜査段階から、自分がベイビュープラザにチェックインした後、右二月一八日午前〇時過ぎころブールバードマンションに行ってAに会い、その後同人と約束して、同日お昼に同人とベイビュープラザ近くのレストランで食事をし、また、同日午後七時ころにも同人とレストランで会って食事をし、更に同日午後九時半ころマニラミッドタウンホテルの同人の部屋を訪ね、部屋の中で一、二時間話をし、次いでロビーでお茶を飲むなどしたが、翌一九日午前〇時ころ同人から外へ出ようと誘われて、一時間ないし一時間半位二人でマニラの街を歩いた旨供述していること、すなわち、被告人もAとは当夜同人の殺害された直前ころまで同人と行動を共にしていたことを認める供述をしていることを合わせ考えれば、被告人はAが殺害された時刻ころ同人と行動を共にしていたと推認し、かつ、同人の殺害された現場付近に赴いていたものと考えることに十分合理性があるとした原判決の判断はこれを維持することができる。

もとより、被告人がAを殺害する行為に及んだ事実を認めるに当たり、その直接的な証拠となるのは、Gの原審公判廷における供述である。そして、Gの供述はいわゆる共犯者の自白であって、その信用性の判断に慎重な考慮を要することはいうまでもないが、Gの供述は、その大部分が客観的状況と符合ないしは他の客観的証拠によって裏付けられているということができる。例えば、二月一八日に電話をAに一回掛けてホテルを変えさせたこと、被告人に二回電話をかけてその点を連絡したことなどについて述べる部分は、客観的状況と符合している。また、帰国した被告人からAを殺害した状況について報告を聞いたとして述べる部分も、殺害場所が岸壁であることや、持って行っていた玄能で頭部を殴打したことなどに関しても客観的な事実と合致し、とりわけ、被告人の報告内容として被告人においては本件岸壁でAの頭部を殴打する直前に、同人に対し、Gが船で海の方から来るので合図してやらなければならないなどと言って、段ボール紙を燃やして海に向かって振ったということを聞いたと供述しているところ、実際に焼け焦げた痕のある段ボール紙が本件岸壁で発見されており、この点Gが被告人から聞いたことを忠実に述べている証左とみることができ、更に、本件に至るまでの約半年の間、一連の保険金目的の殺人を計画し、その企てを実行に移そうとしたことに関しても、これに関係した者らの供述と一致し、その具体的な状況についても他の客観的証拠によって十分に裏付けられている。したがって、Gの供述は、内容的にみて、十分に信用性が肯定できるということができる。もっとも、Gは、原審第六回及び第八回公判廷においてそれまでの供述を変えて、Aも被告人を殺害するためにマニラに赴いたものであるという供述をし、その後原審及び当審においては右供述を取り消して、従前の供述が正しいと述べ、また、弁護人に対する手紙の中では被告人以外の第三者がA殺害に及んだという趣旨のことを書き、更にその後これを取り消す手紙を書いていることが認められる。さらには、Gは、その後の原審及び当審における供述中で、同人の供述にこのように変転が生じたことについて、自分としては被告人が犯行を否認していると聞き、自分自身の裁判が終わったのちはどのようなことを話しても自分には影響しないので、被告人を助けてやろうと思って被告人に有利になるような話をしようと思ったが、被告人の弁護人が自分に何の連絡もして来ないため、それでは打ち合わせをして話の内容を決めることもできないので、被告人を助けるための供述をすることは止めたという趣旨のことを述べている。そして、供述の変転に関するGの右のような弁解も、同人の極めて自己中心的と窺われるその性格にも照らし、必ずしも虚偽であるとは考えられず、同人の供述が前示のように変転する以前のものについては内容的に信用できる情況が認められることに照らし、右のように変転したことをもって同人の供述全体にわたってその信用性が直ちに否定されるものではなく、結局、同人の供述中、原判示認定に符合する部分は十分に信用できるものとした原判決の判断に誤りはないと考えられる。

なお、所論は、H及びIのフィリピン共和国捜査官に対する各供述調書について、これを採用した原判決には採証法則の違背があると主張している。この点、右各供述調書がいずれも、供述者が外国に居住し、法廷に喚問することができないため、反対尋問を経ることなく、刑訴法三二一条一項三号該当書面として取り調べられたものであることは所論指摘のとおりである。しかし、反対尋問を経ていないということで直ちに供述が信用できないものとなるのでないことはいうまでもなく(関係各証拠に照らし、右各調書は同号書面としての要件を備えていたことが肯定でき、したがってこれを取り調べたことは適法である)、供述者はいずれも、被告人とはホテルの従業員と客という関係で一時的な状況を目撃したにすぎず、ことさらに被告人に有利又は不利となるよう供述を歪めたものとは考えられず、各供述内容をみても、自然な流れに沿い、特に偽りを述べたと窺わせるような部分もない。両供述において、被告人の着衣につきHはブレザーと言い、Iはシャツと述べているという食い違いがあるが、両名の描いた図面をみると、全く相似した形で被告人の着衣が描かれており、供述の上での食い違いは単に表現が異なっているにすぎないものと考えられ、右のような食い違いがあることで右各調書の信用性が減殺されるものでない。すなわち、右各調書はいずれも信用できるものであって、原判決が右各調書を事実認定の資料としたことに採証法則の違背はない。

(三)  所論(三)について

被告人は、捜査段階から一貫して、本件当時被告人がマニラ市に渡航したのは「じゃぱゆきさん」募集のためであったという弁解をしているが、右弁解が不合理なものであって信用できないことは、原判決が「事実認定に関する補足説明」の項で説示するとおりである。すなわち、関係各証拠によれば、被告人は本件に至るまで三回にわたりマニラ市に渡航しながら、現地の関係者との接触、女性の面接など「じゃぱゆきさん」募集のための活動を全くしていなかったことが認められ、本件に際しても、被告人は、自分の泊まっているホテルとAの泊まるホテルとの間を行き来したり同人と一緒に街に出掛けたりしたほかは、ホテルに滞在していただけで、他の者と接触することなどその具体的な予定もなかったことを自認しており、しかも、前記(一)で述べたとおり、被告人は当時金銭的に窮迫した状況にありながら、被告人とAの二人分の渡航費用を自ら借金して調達していたのであるから、金銭的にそのような無理までして、具体的な活動の予定もなく、マニラ市まで出掛けるということは通常ありえないものと考えられる。したがって、こうした客観的状況に照らし、マニラ市へ渡航した目的が「じゃぱゆきさん」募集にあったという被告人の弁解は、それ自体として矛盾する内容を含み、不合理であって、到底信用できるものではないといわなければならない。

(四)  結論

以上要するに、原判決挙示の各証拠によれば、原判示の事実は、犯行に至る経緯を含めすべてこれを肯認することができるので、原判決には所論のような審理不尽、採証法則違背並びに事実誤認はない。論旨は、理由がない。

二  控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人が本件について刑責があるとしても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を考え合わせて検討すると、本件において量刑上考慮すべき事情及びこれに基づく判断は、原判決が「量刑の理由」の項で説示しているとおりであって、懲役二〇年に処した原判決は止むを得ないところと考えられる。すなわち、本件は、保険金を騙取する目的で、被害者を国外へ連れ出し、計画どおり被害者の生命を奪ったうえ、素知らぬ顔をして保険会社からの多額の金員を騙取しようとした事案であるが、何かよい働き口はないかと考えて被告人らの求人広告に応募したばかりに被告人らに殺害されるに至った被害者の無念さは言うに及ばず、殺害の犯行の態様をみても、堤防から身を乗り出すようにして海の方を眺めていた被害者の背後から、ハンマー様金属製鈍器でその後頭部を一回強打し、そのため意識を失った同人の身体を堤防から下方の波打ち際の岩場に投げ落としたうえ、同人を海中に水没させてそのまま放置するなど、執拗かつ残忍な犯行というほかなく、動機においても自分たちの金銭的欲望を満足させるためだけの目的で他人の生命を平然と奪ったものであって酌量の余地はなく、犯情は極めて悪質である。そして、被告人は、Gと共謀して本件各犯行を企てたものであるとはいえ、自ら被害者殺害の実行行為に及んだ者であること、本件当時ほとんど定収入もなかったのに、妻のほか二人の女性とも親密な交際をするなど乱れた生活を送っていた者であり、その結果金員に窮して本件犯行に至ったと窺えること、被害者の遺族らに対し弁償はおろか、慰藉の方途も一切講じていないことなどに照らし、被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。

そうすると、本件と同様の企みを最初に考え出したのは共犯者であるGであること、本件犯行自体については被告人が当初から積極的な役割を果たしたとはいえ、本件を含めこれら一連の企みについて、具体的な計画を立て共犯者らに指示するなど主導的な役割を果たしていたのはGであること、同人の刑が懲役一二年であること、被告人には十有余年前に執行猶予付懲役刑に処せられたほか、罰金刑の前科三犯があるが、実際に刑務所に服役した経験はないこと、その他被告人に有利にしん酌できる諸般の事情を総合考慮しても、懲役二〇年に処した原判決の量刑はまことに止むを得ないところであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は、理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中四〇〇日を原判決の刑に算入し、刑訴法一八一条一項本文により当審における訴訟費用は被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 松本時夫 秋山規雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例